「家族信託」という言葉をはじめて聞く方、何となく言葉は知っている方、中には、実際に家族信託の活用を考えている方もいらっしゃるかもしれません。
以前の記事で、現代の超高齢化社会において避けては通れない問題として認知症のことを書きました。認知症に限った話ではありませんが、何らかの原因によって、本人が意志判断能力を失ってしまうと、
「本人でなければできない手続」がすべてできなくなってしまう
という問題が起こります。本人が手続できなくなることによって、家族にとってもいろいろと不都合が生じることになります。例えば、
- 入院費用の為に家族が本人の口座から預金を引き出そうとしても、本人の意思確認ができないことを理由に金融機関に払い戻しに応じてもらえない。
- 本人名義の土地を売って、施設の入居費用を捻出したい時でも、所有者の意思確認ができないことで売買契約が出来ない。
せっかく本人が貯蓄などで生活資金や施設の入居費用を準備していたとしても、実際にその費用を使うことができないというのはとても深刻です。
また、高齢になった親がアパート経営をしていた場合に、新しい入居者との間で賃貸借契約を結ぼうと思っても、家主が認知症で判断能力がないということになれば、入居者を受け入れることすらも難しくなってしまいます。
さらに、本人が認知症になり、老人ホームなどの施設にすでに入居していて、もう自宅には戻らないとなった場合でも、誰も住まなくなった家を貸すことも売ることもできないのでは、空き家として放置していたとしても、税金や維持費はかかります。
こうならないために、本人が元気なうちから準備しておく仕組みのひとつに家族信託があります。
家族信託とはどのようなものなのでしょうか?
家族信託は、親が持つ現金や不動産などの大切な資産を将来、親に何かがあっても大丈夫なように、その管理や処分をする権限を信頼できる子供などに託しておく仕組みです。
「信託する」ということは「あげてしまう」のとはちがいます。親が子供に現金や不動産を信託しても現金や不動産の本当の持ち主は「親のまま」です。生きているうちに財産をあげる贈与とも違います(贈与ではないので贈与税は発生しません)。
財産を持っている人が誰かに財産の管理を託す場合、託す人を委託者といいます。財産管理を託される人のことを受託者といいます。そして、信託した財産の真の持ち主として利益を受ける人のことを受益者といいます。
通常は委託者(例えば親)が財産を受託者(例えば子)に託したとしても、その財産は親のものであることに変わりはないので、受益者は委託者(親)と同一人物になります。
家族信託でどのようなことが出来るのですか?
一人暮らしで親族もいないなど、安心して財産を託せる家族がいない方にとっては、自身で財産管理ができなくなった時のために成年後見制度があります。ただし、相応の費用がかかったり、柔軟な財産の運用が認められないケースもあるなど、一定の制約もあります。
一方、円満な関係で安心して財産を託せる家族がいる場合、本人の判断能力がまだしっかりしているうちであれば、家族の中で柔軟に問題を解決できる方法として家族信託を検討することができます。
受託者(例えば子)が、委託者兼受益者(例えば高齢の親)に代わり、信託財産に関する様々な行為ができます
- 信託された現金を使って、本人のための支払いをしたり、管理・運用をすることができます。
- 信託された不動産を他人に賃貸して賃料を得たり、不動産を売って、売却代金を本人の生活資金や介護資金に充てることができます。信託された不動産を担保にしてお金を借りることもできます。
- 信託財産を誰に承継させるかをあらかじめ契約書で定めておくことで、本人が亡くなった場合に遺産分割協議の必要なく財産を承継することができます。
- 父が委託者となって、子を受託者とした場合、父が亡くなっても信託契約を継続し、次は母のために信託財産を管理したり活用する設計にしておくこともできます。
- 高齢の親が故郷の実家で暮らしていて、子が都会に住んでいるような場合に、親が老人ホームに入所するなどでもう自宅に戻らなくなった場合などに、受託者となった子の判断で自宅を賃貸したり売却できるようにしておくことができます。
- アパートなどの賃貸不動産を持つ親が認知症などで賃貸経営が出来なくなってしまった場合に、子がアパートの賃貸経営を引き継げるようにしておくことができます。
自分自身で財産を管理することが出来なくなった時のために、あらかじめ信頼できる家族にその管理や処分を託しておくことができるのが家族信託です。
「自分にもしものことがあったら病気がちの妻が心配」、「自分が施設に入ってしまったら、世話ができなくなるのでペットがかわいそう」、「娘が障害をもっており、支えてあげられなくなるのが心配だ」など、現在保有している財産の管理を誰かに託したいという場合だけではなく、大切な相手をどう支えていけば良いかというような場合にも家族信託が活用できるケースがあります。
家族信託のしくみについては、はじめから理解するのは難しいところもあるかと思いますので、引き続き、少しづつ関連する記事を書いていこうと思います。
今回はまず、相続対策(生前対策)のひとつとして「家族信託という手もありますよ!」ということを知っておいていただければOKです。
家族信託の手続きは委託者兼受益者である親と、受託者である子との間で「信託契約」という契約を結びます。
本人がしっかりと理解して契約したことを明らかにするために、信託契約書を作成し(後々のトラブルを防止するために公正証書で作成します)、信託する内容を定めておきます。信託する財産が現金の場合は受託者が専用の口座を作ってその口座に移したり、不動産の場合は信託登記という登記手続を行い、登記簿上に「この不動産は、受託者の○○さんが管理しています」と表示します。
これにより、将来、親の健康に何らかの問題が発生しても、信託された財産を子がきちんと管理して、必要に応じて親のために使うことができます。この仕組みが家族信託です。