子どものころに読んだ『怪人二十面相』をまた開いてみました

先日、子どものころに読んだ江戸川乱歩の『怪人二十面相』をふと思い出しました。小学校低学年のころ学校の図書館で借りて読みました。その後、大人になってから懐かしくなって文庫本を買い直して一度読み返しました。その本が今も本棚にあります。

せっかくなので久しぶりに読んでみよう。寝る前に少しだけ読むつもりでした。気がつけば約3時間。最後まで一気に読んでいました。久しぶりに読むとなんだか昔とは違うところばかり気になります。

小林少年の「探偵七つ道具」

小林少年は「探偵七つ道具」を持っています。万年筆型の懐中電灯、小型の万能ナイフ、絹ひもの縄ばしご、万年筆型の望遠鏡、時計、磁石、手帳と鉛筆。子どものころの私はこれに憧れました。自分でも七つ道具を集めて持ち歩こうとした記憶があります。

懐中電灯や手帳はなんとかなったのだと思います。でも、絹ひもの縄ばしご。子どものころは何とも思いませんでしたが、今読むとこれをいったいどこに入れて持ち歩いていたのかが気になります。

読み進めるとまだまだあります。小林少年は実弾の入った拳銃を持っています。しかも発砲します。二十面相は池の中に隠れて、竹の筒を口にくわえて水面から先端を出して呼吸します。伝書バトのピッポちゃんも登場します。ピッポちゃんが手紙を届ける相手は明智小五郎先生の奥さんです。そして警官隊が動きます。明智先生は自分にそっくりな影武者までいつの間にか用意しています。

子どものころはこれを普通に読んでいたのでしょう。竹筒の場面をどう読んでいたのかはまったく覚えていません。さすがに真似はしていない…と思います。

「十重二十重」はこの本で覚えました

文章そのものにも懐かしさがありました。「読者諸君」と作者がこちらに呼びかけてきます。「顔色は憤怒のあまり紫色にかわった」というような描写。なかなか激しい。

そして「十重二十重の警戒」。とえはたえ。これはこの本で覚えました。読み方までなぜか今でも忘れていません。「傍若無人」という言葉もおそらくそうです。怪人二十面相が傍若無人なので意味はよくわかります。「さるぐつわ」という言葉も出てきます。

小学低学年には少し難しい言葉だったはずです。それでも物語の中で読むとなんとなく意味がわかる。そして、少し難しい言葉を知ったことがちょっぴりうれしかったような記憶があります。

その一方で、今読むと時代を感じる表現にも出会います。「乞食がすわりこんで」「一寸法師みたいなやつ」「気ちがい旦那」ほかにも人の容姿や職業について今ではまず見かけないような直接的な表現が出てきます。巻末には「現在では一部不適切と思われる表現があるものの、時代的背景に鑑み、作品の芸術性を尊重する立場から発表時のまま掲載しています」という旨の注意書きがありました。

『怪人二十面相』が発表されたのは昭和11年です。子どものころはもちろんそんなことを考えながら読んではいませんでした。七つ道具を集めようとしたこと。「十重二十重」をこの本で覚えたこと。忘れていることのほうが圧倒的に多いのに妙なところは残っています。どうやら『怪人二十面相』は思っていた以上に自分の中に残っていたようです。

久しぶりに読んでみると昔とはずいぶん違うところで立ち止まりました。それでも結局、約3時間で最後まで読んでしまいました。本棚には昔読んだ本がまだ何冊かあります。次に取り出したときはまた別のことを思い出すのかもしれません。