クラシックコンサートに行くようになって2年ほどになります。
最初の頃、意外と困ったことがありました。拍手です。
拍手くらい演奏が終わったらすればいいと思いますよね。ところが、その「終わった」が分からないのです。
クラシックの曲は長いうえにいくつもの楽章に分かれていることがあります。初めて聴く曲だと、音が止まった瞬間「終わった?」「いや、まだ途中?」と迷うことがあります。
もし、まだ続きがあるのに拍手してしまったら、静まり返ったホールに自分の拍手だけが響く。
恐怖です。
そのため最初の頃は、演奏が終わったと思ってもすぐには手をたたきませんでした。周囲を確認。誰かが拍手する。よし、大丈夫。そこでようやく拍手です。
さらに油断ならないのが譜面です。演奏者が譜面をめくるために、ほんの一瞬の間ができることがあります。
音が止まった。演奏者も動きを止めた。しかし、まだ終わっていないということもあります。
何度かコンサートへ足を運ぶうちに、演奏者の様子や会場の空気から、なんとなく分かるようになってきました。最近では、かなり安心して(?)拍手できるようになったと思います。
ついに遭遇してしまった!
今回、ヴァイオリンとクラシックギターのデュオスタイルのコンサートを見に行きました。
演奏される楽曲はヴィヴァルディの「四季」より「夏」です。
とてもドラマチックな曲です。激しい旋律が続いたかと思えば、一瞬、静かになる。再び、ものすごい勢いで音楽が動き始めます。
終盤、いよいよクライマックスへ―という少し手前でした。
ヴァイオリニストが譜面をめくるためでしょうか。一瞬、すべての音が止まりました。
その瞬間。
パチパチパチパチ!
かなり勢いのある拍手が起こりました。しかも、一人ではありません。
複数の観客が「ここだ!」と言わんばかりの勢いで拍手を始めたのです。
私がクラシックコンサートに通い始めた当初から恐れていた「まだ終わっていないのに拍手してしまう」という場面です。
しかも、そこそこ大きめです。
「このまま演奏が終わってしまうのでは…」と一瞬こちらまで緊張しました。
しかし、そこは本日の演奏者は百戦錬磨、プロ中のプロです。慌てる様子もありません。客席に向かって、静かに制止するようなジェスチャー。
すると拍手も、すっと収まりました。そして、何事もなかったかのように演奏再開。そこから待っていたのは怒涛のフィナーレでした。
大喝采です。先ほど拍手してしまった方々も、今度は安心して思いっきり手をたたけたことでしょう。
分かるんです。あの一瞬は、たしかに終わったように見えました。素晴らしい演奏だったからこそ「よかった!」という気持ちが少しだけ先に飛び出してしまったのでしょう。
考えてみれば、拍手なんて本来はとても単純なものです。「よかった」「素晴らしかった」その気持ちを手をたたいて伝える。
ところがクラシックコンサートでは、その拍手ひとつにも、どうやら少しばかり経験値が必要なようです。
曲を聴く。演奏者を見る。そして、会場の空気を感じる。そんなことを繰り返しながら「まだ続く」がなんとなく分かるようになっていく。
クラシックコンサートに通い始めて2年。音楽を聴く耳はさほど育っていないようですが「まだ拍手してはいけない」を察知する能力は育っているようです。






