上野公園にある旧東京音楽学校奏楽堂へ行ってきました。きっかけは、たまたまInstagramで見かけたパイプオルガンのミニコンサートです。演奏するのは東京藝術大学大学院の学生さん。コンサート入場料は無料(奏楽堂の入館料300円)で演奏時間は40分ほど。
パイプオルガンに詳しいわけでもなく、ふだん聴く機会があるわけでもありません。それでも、歴史のある奏楽堂でパイプオルガンの演奏会がありますというのがなんとなく気になって出かけてみることにしました。
コンサートが始まる前からよい時間
奏楽堂に到着するとちょうど受付が始まっていました。2階にあるホールに入ると、正面には大きなパイプオルガンがあります。まだ開演まで1時間ほどありました。
客席に座っていると、静かなホールの中にも上野公園の蝉の声が聞こえてきます。持ってきた文庫本を開いてみました。歴史のある建物の中で、これから鳴るパイプオルガンを眺めながら本を読むのもなんだか贅沢な感じがします。
気がついたらほぼ満席に
開演時間が近づくにつれて次々と人が入ってきました。ホールの客席は約300席ですが、ほとんどの席が埋まっています。少し意外でした。
有名なアーティストのコンサートというわけではありません。配られたプログラムを見ると「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」…。少なくとも私は、タイトルを見てもどんな曲なのかまったく分かりません。
もちろんパイプオルガンの愛好家もいらっしゃるのでしょうが、ここにいる人たちはみんな演奏される曲を知っていて集まっているのだろうか。そんなことを考えているうちに演奏が始まりました。
ふと周りを見ると…
約100年前から現役で演奏される日本最古級のパイプオルガンから流れる音。荘厳な教会のミサを思わせるような音もあれば、私にはなぜか「ドラゴンクエストのダンジョン」を歩いているように聞こえるところもあります。音楽に詳しい方には怒られそうですが、私にはそう聞こえた気がしました。

しばらく演奏を聴いていて、ふと周りを見てみました。すると、目を閉じている人がずいぶんいることに気づきました。どうやら気持ちよく眠っている人もいます。約300席のホールはほぼ満席。それなのに、あちらでもこちらでも目を閉じている。
「せっかく来たのに寝ちゃうんだ」
一瞬そんなことも思ったのですが、聴いているうちになんとなくその気持ちが分かるような気もしてきました。
そもそも何を見ればいいのでしょう
パイプオルガンは演奏者の細かな手元の動きを眺めながら楽しむような楽器でもありません。そして私は演奏されている曲を知りません。
正直に言えば、今何曲目なのか、一曲が終わったのか、次の曲が始まったのか、それさえよく分からなくなっていました。
だからでしょうか。途中で拍手が起こることもありません。ただ、歴史のある木造のホールにパイプオルガンの美しい音が響きます。ふっと静かになると外から蝉の声が聞こえてくる。それを繰り返しているうちに、曲を理解しようとか何かを覚えて帰ろうとか、そんなことはどうでもよくなってきました。
ただ座って音を聞いている。それで十分な気がしてきます。
演奏者が立ち上がって、拍手が起こりました
やがて演奏が止まりました。でも、それが一曲の終わりなのか、すべての演奏が終わったのか私にはよく分かりません。客席も静かなままです。すると演奏者が立ち上がり、客席のほうを向いてお辞儀をしました。そこで初めて大きな拍手が起こりました。
「ああ、終わったんだ」
そう思ったのは、たぶん私だけではなかったような気がします。
何を聴いたかより、どう過ごしたか
終わってから考えてみると、あの時間を楽しんでいた人たちは必ずしも「この曲を聴きたい」と思って集まっていたわけではないのかもしれません。上野公園の中にある歴史のある奏楽堂。100年にわたって音を奏でているパイプオルガン。夏の蝉の声。日曜日の午後の40分。
ここでこの時間を過ごすことそのものがひとつの楽しみだったのかもしれません。
そう考えると、目を閉じている人がたくさんいたこともなんだか自然に思えてきます。曲名を知らなくてもいい。何曲目なのか分からなくてもいい。何かを勉強して帰らなくてもいい。なんなら眠ってしまってもいい。
Instagramで偶然見かけなければ、何事もなく過ぎていた日曜日の午後です。たまたま目にとまって、少し興味を持って上野まで出かけてみた。そこで出会ったのは、何もしなくていい時間でした。






