「兄はもう90歳を過ぎていますから、その娘たちに残すことにします」
遺言のご相談でお会いした正夫さん(仮名)。正夫さんにはお子さんはなく、奥様とは5年前に死別されていました。
ご自身が亡くなったときの相続人は兄の一郎さん(仮名)ひとりだけ。正夫さんからはそう伺っていました。ただ、そのお兄さんもすでに90歳を超えています。そこで、お兄さんの娘である二人の姪に財産をということになり、遺言の作成にとりかかりました。
遺言を作るために戸籍をたどる
遺言を作るにあたり、まず相続関係を確認するため戸籍をたどっていきました。すると、少し複雑な家族の歴史が見えてきます。
正夫さんのお父さんには、正夫さんのお母さんと結婚する前に別の妻がいました。そして、その前妻との間には二人の男の子がいました。つまり正夫さんには、父を同じくする二人の異母兄がいたことになります。
ただ、このこと自体は正夫さんも知っていました。二男は正夫さんがまだ5歳だったころ戦争で亡くなっています。長男も平成3年に亡くなっていました。そのため正夫さんは、自分が亡くなったときの相続人は母を同じくする兄の一郎さんだけだと思っていました。ところが、戸籍には「その先」がありました。
亡くなった異母兄には子どもがいた
戸籍をさらにたどっていくと、亡くなった異母兄には子どもがいることがわかりました。そして、その子どもの一人が現在も存命でした。正夫さんから見れば甥にあたる方です。当時、すでに71歳。正夫さんはその方の存在を知りませんでした。つまり「兄ひとり」と思っていた正夫さんの相続人は実際にはもう一人いたのです。
正夫さんにはお子さんがおらず、ご両親もすでに亡くなっています。このような場合、兄弟姉妹が相続人となります。そして、兄弟姉妹が先に亡くなっていてその人に子どもがいれば、その子が代わって相続人になることがあります。「代襲相続」と呼ばれるものです。そのため、亡くなった異母兄の子である甥も正夫さんの相続人となる方でした。
もし、知らないまま相続が始まっていたら
もし、正夫さんが遺言を作らず、相続関係を確認することもないまま亡くなっていたらどうなっていたでしょうか。お兄さんも自分だけが相続人だと思っていたかもしれません。ところが、相続手続のために戸籍を集めていくと、そこで初めてもう一人の相続人がいることがわかります。
一方の甥にとっても「あなたの叔父にあたる方が亡くなり、あなたも相続人です」という思いがけない話になったかもしれません。それまでお互いの存在を知らなかった二人が初めて関わるきっかけが「遺産分割」になる。そんな可能性もありました。
「知らなかった自分のルーツがわかりました」
調査した相続関係を正夫さんにお伝えしました。知らなかった甥がいる。しかも、その方もすでに71歳になっている。正夫さんは驚いていらっしゃいましたが、困惑されたというよりむしろ喜んでいらっしゃったのが印象に残っています。「自分の知らなかったルーツを知ることができました」と。
今回、遺言を作ろうと思わなければここまで戸籍をたどることもなかったかもしれません。知らなかった甥もすでに71歳です。もしかすると、お互いの存在を知らないままその方が先に亡くなっていた可能性もあります。
遺言を作るために始めた戸籍調査でした。そこでわかったのは、自分が生まれる前から始まっていた家族の歴史が知らないところで続いていたことです。
関係を知ったうえで自分で決める
正夫さんは相続関係を確認したうえで改めて自分の財産を誰に残すのかを決めました。90歳を過ぎたお兄さんではなくその娘である二人の姪へ。遺言は無事に完成し、正夫さんにも喜んでいただくことができました。
今回、大切だったのは「知らなかった相続人が見つかった」ということだけではなかったように思います。自分の相続人が本当は誰なのかを知ったこと。そして、それを知ったうえで自分の意思で財産の行き先を決めることができたこと。そこに今回の遺言を作った意味のひとつがあったように思います。
終活で少しだけ過去をたどってみる
自分の家族のことは自分がいちばんよく知っている。普通はそう思います。しかし、特にお子さんのいない方の場合、亡くなった兄弟姉妹やその子ども、親の再婚による異父・異母の兄弟姉妹など、自分が普段意識している範囲よりも相続関係が広がることがあります。
終活というと、これから先のことを準備するものという印象がありますが、これから先を考えるために戸籍をたどってみると自分が知らなかった過去に出会うこともあります。
正夫さんの場合、その先には今も生きている家族がいました。未来のために始めた遺言作りが自分の知らなかった家族の続きを知る機会にもなった。そして、それを知ったうえで自分のこれからを自分で決めることができた。
「自分の場合はどうなんだろう」そんなふうに自分の家族のことを少しだけ振り返ってみる。それもまた終活のひとつなのかもしれません。










