戸主の同意を得ずに結婚したため離籍―結婚から半年後のことでした

「戸主ノ同意ヲ得スシテ千代ト婚姻ヲ為シタルニ因リ離籍届出」

現代の言葉に直せば「戸主の同意を得ないで千代さんと結婚したため離籍」ということになります。なかなかびっくりするようなことが書いてあります。

「戸主」「離籍」といった言葉が並んでいるとずいぶん昔の話のようにも感じますが、日付を見ると婚姻は昭和11年3月17日。そして離籍は昭和11年9月12日。明治ではありません。昭和になってからの出来事です。しかも、結婚したその日に離籍されたわけではありません。結婚からおよそ半年後のことです。いったいどういうことなのでしょうか。

戸籍の一行を民法で読んでみる

手がかりになるのが当時の民法750条です。こう書いてあります。「家族カ婚姻又ハ養子縁組ヲ為スニハ戸主ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス」そして、これに反して婚姻や養子縁組をした場合について「戸主ハ其婚姻又ハ養子縁組ノ日ヨリ一年内ニ離籍ヲ為シ又ハ復籍ヲ拒ムコトヲ得」と定められていました。

戸籍の記載と当時の民法750条。並べてみると驚くほどきれいにつながります。婚姻は3月17日、離籍は9月12日。たしかに「婚姻の日より一年内」です。

最初に見たときには少しびっくりの戸主の同意を得ずに結婚したため、離籍」という一行は、まさに当時の民法750条が実際の戸籍の上で動いた跡でした。

この戸籍の「戸主」は誰?

もう一つ気になることがあります。「戸主の同意を得ずに結婚した」と聞くと、なんとなく父親が結婚に反対した場面を想像してしまいます。ところが、この戸籍の戸主は父親ではありません。父親は昭和8年にすでに亡くなっていました。そのあと家督を継いで戸主になっていたのは長男。今回離籍された本人は三男です。本人から見れば戸主は兄です。

「戸主」を単純に「一家のお父さん」のように考えてしまうとこの戸籍はうまく読めません。当時の「家」では戸主は家督相続によって承継される法的な地位でもありました。父親が亡くなり長男が家督を継ぐ。すると三男にとっては兄が戸主になります。今回の戸籍にはそんな当時の「家」の仕組みがそのまま現れていました。

半年の間に何があったのでしょうか

気になるのは半年という時間です。3月17日に結婚し9月12日に離籍。その間に何があったのか?戸主である兄はいつ結婚を知ったのでしょうか。兄弟の間で何か話があったのでしょうか。結婚をめぐってどのようなやり取りがあったのかは分かりません。戸籍に残されているのは、結婚した日、離籍された日、そしてその理由です。その間にあったことまでは戸籍は教えてくれません。

そして、もう一枚の戸籍へ

この話には続きがあります。離籍された本人についてのその後の戸籍を見てみると、今度はこんな記載がありました。

「戸主ノ同意ヲ得スシテ千代ト婚姻ヲ為シタル為メ昭和十一年九月十二日離籍セラレタルニ依リ一家創立届出」

先ほどの戸籍には「離籍届出」そしてこちらの戸籍には「離籍セラレタルニ依リ一家創立届出」一方の戸籍では家を離れたことが記録される。もう一方では新しく一家を創立したことが記録される。

同じ出来事が二つの戸籍にそれぞれの側から残されていました。「離籍」という言葉だけを見るとどうしても家から追い出されたというところに目が向きます。実際、この戸籍では戸主である兄の同意を得ずに結婚してその約半年後に離籍されています。けれども、戸籍をもう一枚先まで見てみるとそこで記録は終わっていませんでした。

一家創立。それまで属していた家を離れてここから新しい戸籍が始まります。「家制度」という言葉は歴史の教科書の中ではどこか遠い時代の制度のようにも見えますが、古い戸籍を読んでいると、ときどきその制度が実際に一人の婚姻や人生を動かした跡に出会います。