こちらの戸籍には 「認知」と記され、認知した子の氏名とその子が記載されている戸籍が示されています。

「親子になった」ということなのだから、その子もこの同じ戸籍内に記載されているのだろうと思って見渡してみても子どもの名前はありません。親子なのに同じ戸籍にはいない。初めてこの記載を見た方なら不思議に感じるかもしれません。
戸籍には人生の節目が数多く記録されます。結婚すれば新しい戸籍がつくられ、離婚すれば戸籍の姿が変わることがあります。養子縁組や転籍などでも記録は大きく動きます。
ところが「認知」は少し様子が違います。法律上は親子関係が成立するというとても大きな出来事であるにもかかわらず、父の戸籍に残るのは「認知」という記載と、子どもの氏名、記載されている戸籍の表示だけ。子どもがそのまま父の戸籍に入るわけではありません。
「親子になること」と「同じ戸籍に入ること」は違う
婚姻していない父母の間に生まれた子は、原則として母の戸籍に入り、母の氏を称します。
父が認知をすれば、法律上は親子になりますが、それだけで子どもの戸籍や氏が自動的に変わることはありません。「親子になること」と「同じ戸籍に入ること」は別の制度として考えられているのです。だから父の戸籍には「認知」という事実だけが記録されます。
もちろん「戸籍が変わらない」ということが「何も変わらない」という意味ではありません。認知によって法律上の親子関係が生まれ、相続などにも大きな影響があります。人生にとってはとても重みのある出来事です。それでも戸籍に残る記録はごくわずかです。
認知に至るまでの年月。迷いや決断。再会があったのかもしれませんし、生まれて間もない頃の認知だったのかもしれません。
戸籍に書かれているのは法律上の事実だけですが、その簡潔な記録をたどっていくと、法律の仕組みだけでなく人の歩んできた時間まで感じさせてくれるような気がします。
認知とは、婚姻していない父が、自分の子であることを法律上認める制度です。認知によって親子関係が成立し、相続権などの法律上の権利義務も生じます。一方で、認知をしただけで子どもが父の戸籍に入るわけではありません。子どもは原則として母の戸籍に入り、母の氏を称します。そのため、父の戸籍には「認知」の記載と子どもの氏名、記載されている戸籍の表示が残るだけです。戸籍を見て初めて「親子になること」と「同じ戸籍に入ること」は別の制度なのだと気づかされる場面があります。







