先日、地域の高齢者の方が集まる会に参加したときのことです。何人かの方が順番に自分のことを皆さんの前でお話をする会でした。
参加者の中に80代くらいの女性がいらっしゃいましてその方が何度か「耳があまり聞こえないから」とおっしゃっていました。話をする人は少し離れたところにいます。マンツーマンですぐ近くから話しかけてもらえるようなかんじではありませんでしたので、どうも声がよく聞き取れないようでした。
そのうちに女性は話を聞くこと自体をあきらめているようにも見えてきました。周りでは話が続いている。でもその内容は自分には入ってこない。当然、何について話しているのかもよく分からない。
「耳が聞こえにくいとこういう場では大変だな」くらいに思っていましたが、最近まったく別のところからこの場面を思い出すことになりました。
2年前の講義資料にあった「難聴」
2024年に玉川大学の公開講座で「認知症とはどのような病気か?」という講義を受けたことがあります。脳科学の先生による講義で認知症の仕組みから日々の生活に関係することまでいろいろなお話を聞きました。最近になってそのときの資料を久しぶりに開いてみたところ「難聴」が認知症のリスク要因の一つとして挙げられていました。そこであの女性のことを思い出したのです。
聞こえない。その先にあるもの
国立長寿医療研究センターの「MCIハンドブック」でも耳の聞こえにくさは認知機能の低下と関連するとされ、難聴は認知症の危険因子の一つとして紹介されています。補聴器を適切に使うことで認知機能の低下を遅らせる可能性についても触れられています。
もちろん「耳が遠くなったら認知症になる」という単純な話ではありません。医学の専門家ではない私が解説するところでもなさそうです。ただ、先日の女性を思い出すとひとつ実感できることがあります。
聞こえないと聞くことをあきらめてしまうことがある。
聞かなければ話の内容は入ってきませんし、会話にも入りにくくなります。人とのやり取りそのものから離れてしまうこともあるかもしれません。
「聞こえていない」は意外と分からない
高齢の方と接していると「聞こえにくい」という場面には結構出会います。補聴器をつけるのが嫌だからよく聞こえていないのになんとなく話を合わせてしまう方。片方の耳が聞こえにくく、話す人が聞こえにくい側にいると会話がところどころ抜けてしまう方。ご自宅に伺ったらテレビの音がびっくりするほど大きかったこともあります。
本人が「聞こえません」と言ってくれればこちらも気づきます。難しいのはそうではないときです。こちらがひと通り説明して「ここまで大丈夫ですか?」と尋ねる。「はい、大丈夫です」と返ってくる。普通は伝わったと思います。
反対に、何度も同じことを尋ねられたり質問と少し違う答えが返ってきたりすると「うまく理解してもらえていないのかな」と思ってしまうこともあります。でも、そもそもこちらの話がところどころ聞こえていなかったとしたら話は少し変わってきます。
「分かってもらえたかな」の前に
行政書士としてご本人の意思を確認する場面がたくさんあります。遺言を例にとっても「ご本人はどうしたいのか」はとても大切です。ですから当然「説明したことを理解していただけただろうか」と考えます。
でも、その一つ手前があります。そもそもこちらの話はちゃんと聞こえていたのだろうか。聞こえる。話が入ってくる。その内容を理解する。自分で考える。そして自分の意思を伝える。こうして並べてみると「意思」はこの流れの先にあります。その入口には「聞こえる」があります。
こちら側にもできることはありそうです
私は耳の専門家ではありませんし難聴かどうかを判断する仕事でもありません。でも、話す側としてできることならありそうです。
相手の正面から話す。少しゆっくりはっきり話す。周りが騒がしければできるだけ静かなところで話す。片方の耳が聞こえにくいのであれば聞こえやすい側を意識する。「はい」と返事があったからといって全部聞こえていると思い込まない。どれも特別なことではありません。「理解してもらう」前に「ちゃんと届くように話す」は高齢の方とお話しするときには案外大切なことなのかもしれません。
私自身も高齢の方とお話しするとき「ちゃんと分かってもらえたかな」の前に「ちゃんと聞こえていたかな」をしっかり意識してみようと思います。










