「裁判所に行ったりで大変でしたね」―「相続放棄」という言葉のちょっとしたすれ違い

「私、相続放棄したんです」

相続のお話をしていると、ときどきこんな言葉を耳にします。

そんなとき私は「裁判所に行ったりで大変でしたね」と何気なく返すことがあります。すると、意外と多いのが「……?」という反応です。どうやら話がかみ合っていません。

もう少し聞いてみると「母の面倒をずっと妹が見てくれていたから、私は何ももらわなかったんです」「妹に全部譲ったので、私は放棄しました」…なるほど。

たしかに普通の言葉として考えれば何もおかしくありません。もらえるものを「私はいりません」と言ったのですから、ご本人の感覚ではたしかに「放棄した」のでしょう。

ところが法律の世界では、この「放棄」という言葉は少し違った意味を持っています。

先日お会いした女性は、本当に裁判所へ行っていました

先日、ある女性とお話をしていたときのことです。その方からも「以前、相続放棄をしたことがあります」という言葉が出てきました。

そこでいつものように「裁判所に行ったりで大変でしたね」とお話ししました。ところが今回は「?」にはなりません。

亡くなったのはお兄さんでした。お兄さんには子どもがおらず、亡くなったあとに借金があることが分かったそうです。そこでその方は、家庭裁判所で相続放棄の手続きをしました。こちらは法律上の「相続放棄」です。

同じ「相続放棄しました」という言葉なのに「妹に全部譲ったから私は放棄した」という話とは実は中身が違います。

どちらも「何ももらわない」でも―

たとえば、母親が亡くなり姉と妹が相続人になったとします。妹は母親と一緒に暮らして長い間身の回りのことを手伝ってきた。そこで姉が「私は何もいらないよ。妹が全部もらえばいい」と考えたとします。

姉も相続人として話し合いに参加して「遺産は妹が全部取得する」と決める。結果として姉が受け取る財産はゼロです。日常の感覚なら「姉は相続を放棄した」と言いたくなるところですが、これは家庭裁判所でする「相続放棄」とは別のもの。姉は相続人として遺産分割に参加し、その結果として「何も取得しなかった」ということになります。

一方、法律上の相続放棄は家庭裁判所で手続きを行うもので、認められるとその相続について初めから相続人ではなかったものとして扱われます。同じ「何ももらわない」でも法律から見ると立っている場所が違うのです。

違いが見えてくるのは「もらうもの」だけではありません

「でも、結局どちらも何ももらわないなら同じようなものでは?」と思われるかもしれません。

ここで、先ほどのお兄さんの話に戻ります。お兄さんには借金がありました。相続では預金や不動産のような「もらいたいもの」だけが問題になるとは限りません。借金のような債務が問題になることもあります。

遺産分割で「私は財産を何ももらいません」と決めたことと法律上の相続放棄をしたことは同じではありません。ですから「私は何ももらわなかったから、もう相続とは関係ない」と思っていたのに、あとから債務の問題が出てくる―ということも考えられます。

ここまで来ると「放棄」という言葉のちょっとした違いでは済まなくなってきます。

よく聞く「3か月」の話

相続放棄について調べると必ず出てくるのが「3か月」という言葉です。法律上、相続放棄は原則として自分のために相続が開始したことを知った時から3か月以内にすることとされています。もちろん、実際は事情によって判断が必要になる場合もあります。

亡くなった方に借金があるかもしれない。財産関係がよく分からない。そんな場合には早めに確認しておくことが大切です。

「相続放棄しました」だけでは分からないことがあります

「私は相続放棄しました」その一言だけではその方が何をしたのか分からないことがあります。だから私は、ときどき「裁判所に行ったりで大変でしたね」と返してみます。

「そうなんですよ」と話が続くこともあれば「……?」という顔をされることもあります。後者ならもう少しお話を聞いてみる。すると「私は何ももらわず妹に全部譲ったんです」ということだったりします。

もちろん「その言葉の使い方は間違っています」と言いたいわけではありません。日常の言葉なら「私は何ももらわなかったから相続を放棄した」という表現はごく自然です。ただ、法律の世界では「何ももらわないこと」と「相続放棄」は同じではありません。

もし、ご自身やご家族の相続で「私は何もいらないから放棄するよ」という言葉が出てきたら「あれ?そういえば相続放棄って裁判所で何かするんじゃなかったっけ」と思い出していただければ十分です。相続の制度を全部覚えておく必要はありません。

その小さな「?」があれば、いったん立ち止まって確認することができます。「もらわないこと」と「相続放棄すること」は似ているようで実は違いますよというお話です。